

臨床試験における多様性の欠如は、倫理的なリスクをもたらすだけでなく、研究に十分に代表されていない集団に対して、効果が乏しい、あるいは危険な結果を招く可能性があります。
— Meredith Landry(ノーステラ、カスタムコンテンツ編集長)
世界には約82億人の人々が暮らしており、それぞれが異なる遺伝的背景と人生経験を持っています。臨床試験がこの多様性を受け入れることができれば、科学はさらに強く、信頼性の高いものになるでしょう。
近年、臨床試験における多様性の重要性に対する声はますます高まっています。かつては「あると望ましいもの」とされていた医療研究のインクルージョン(包摂性)は、今や科学的妥当性、倫理的責任、そして公衆衛生の観点から「不可欠なもの」として認識されています。
Citeline(サイトライン)のソリューションコンサルティングオペレーション アソシエイトディレクターであるFenwick Eckhardt氏は、ACRP(臨床研究専門家協会)2025年カンファレンスのパネルディスカッション「臨床試験の多様性とインターセクショナリティ」において、この変化の重要性を強調しました。
「今や、研究における代表性の問題は議論の余地がない段階に来ています」とEckhardt氏は語ります。 「薬は人によって異なる影響を及ぼします。それゆえ、インクルーシブな試験設計は重要であるだけでなく、不可欠なのです。」
FDAガイダンスの変化
この変化は、より広範な規制および文化的な動きの一環であると、Eckhardt氏は述べています。2022年、米国食品医薬品局(FDA)は、臨床試験のスポンサーに対し、十分に代表されていない集団からの参加者をどのように組み入れるかを示すDiversity Action Plan(DAP:多様性行動計画)の提出を推奨するガイダンスを発表しました。 このDAPガイダンスは一部で反発を受け、FDAのウェブサイトから削除されるなどの動きもありましたが、Eckhardt氏は「患者中心の姿勢を持ち続けることの重要性」を強調しています。
「言葉や政策の環境が変化しているからといって、私たちの意図まで変える必要はありません」と彼女は語ります。
そして、この問題の重要性は極めて高いのです。臨床試験における多様性の欠如は、倫理的なリスクをもたらすだけでなく、研究に十分に代表されていない集団に対して、効果が乏しい、あるいは危険な治療結果を招く可能性があります。
歴史的に見ても、臨床試験の多くは主に白人男性を対象に実施されてきました。その結果、さまざまな人口集団における治療効果にギャップが生じています。たとえば、『JAMA Oncology』に掲載されたある研究では、米国のがん臨床試験における黒人参加者の割合は5%未満である一方、黒人は米国人口の約13%を占めていると報告されています。
包括性の拡大
とはいえ、多様性の実現を実務に落とし込むことは容易ではありません。Eckhardt氏は、Diversity Action Plan(DAP:多様性行動計画)が企業に対して、目標だけでなくその達成戦略まで明確にすることを求めていると説明します。 注目すべき重要な領域のひとつが、インクルーシブな治験施設の選定です。これは、歴史的に医療サービスが行き届いていなかった地域に治験施設を設置することを意味します。もうひとつは、柔軟なプロトコル設計です。交通手段や身体的制約といったロジスティクス上の障壁を考慮することで、患者の負担を軽減します。
「筋ジストロフィーのある方が毎週物理的に施設へ通う必要がないように、柔軟性を組み込むだけでも大きな違いが生まれます」と彼女は語ります。 「私たちはプロトコルを一行ずつ見直し、BMI(体格指数)や併存疾患などの基準が、特定の人種や民族グループを不必要に除外していないかを確認しています。」
こうした取り組みの基盤となるのがデータです。リアルワールドデータや健康の社会的決定要因(交通アクセスや教育水準など)は、ギャップの特定やリソースの優先順位付けに活用されています。
「人種や民族だけではありません」と彼女は続けます。 「英語を母語としない方、高齢者、LGBTQIA+の方、障がいのある方など、より広範な課題に目を向けています。包摂性の定義そのものが広がっているのです。」
企業も創意工夫を凝らしています。たとえば、薬局での受け取りにライドシェアサービスを提供したり、地域のリーダーと共同制作した多言語の教育コンテンツを展開したり、モバイルヘルスユニットを直接支援が必要な地域に派遣するなどの取り組みが進んでいます。
「これらは、製薬企業が今まさに実践しているリアルな手法です」と彼女は語ります。 「誰かを治験施設まで送り届けるだけでも、状況を大きく変えるゲームチェンジャーになりうるのです。」
患者中心の姿勢を貫く
多様性・公平性・インクルージョン(DEI)に対する政治的な反発が強まる中、業界内では「これまでの取り組みが後退してしまうのではないか」という懸念が広がっています。しかし、Eckhardt氏はその中でも明確な姿勢を保つべきだと強調します。 「私たちは常に、患者中心であるべきです」と彼女は語ります。
こうした状況の変化に対応するため、一部の専門家はDAP(Diversity Action Plan)を「Inclusive Research Action Plan(インクルーシブ研究行動計画)」と名称変更することを提案しています。言葉を変えることで、政治的にセンシティブな環境でも本来の意図を守りやすくなるという考えです。
「メッセージを薄めることなく、見せ方を変えることが重要なのです」とEckhardt氏は述べています。
臨床試験における多様性のメリットは、すでに多くの研究で裏付けられています。たとえば、米国科学・工学・医学アカデミーが2022年に発表した報告書では、多様な試験参加者によって、より汎用性の高い結果、安全性データの向上、そして公衆の信頼獲得につながると強調されています。
結論として、多様性の向上は「より良い科学」に貢献するだけでなく、ビジネスにとっても有益なのです。
「この取り組みをしなければ、機会を逃すことになります」とEckhardt氏は語ります。 「すでに治療や試験が行われた集団にしかアプローチできなくなり、十分に代表されていない人々との間にさらなる不信感を生むことになります。今行動しなければ、将来的に義務化された際には、その不信感がさらに深まるでしょう。」
将来について、Eckhardt氏は慎重ながらも楽観的な見方を示しています。
「私たちは大きな進歩を遂げました。業界は今や、多様性の重要性を理解しています。『なぜ必要か』を説明する段階は終わり、今はリソースを配分し、組織目標として実装する段階に来ています。
ただし、真の制度的変革には、少なくともあと10年はかかるでしょう。」 それでも彼女は、業界全体が変化し始めていることに希望を感じています。その変化は、スマートフォンの普及に似ていると彼女は例えます。
「最初は誰もがこの手のひらサイズのコンピューターに懐疑的でした。でも今では、70代の方々でさえ最新のiPhoneを求めて並んでいます。 変化は怖いものですが、可能です。そして、すでに始まっています。」

Meredith Landry
カスタムコンテンツ 編集長
Norstella

Fenwick Eckhardt
ソリューションコンサルティング オペレーション部門
アソシエイトディレクター
Citeline
Norstella is Citeline’s parent company.
著者について

Meredith Landry
カスタムコンテンツ 編集長, Norstella
Meredith Landryは、経験豊富なライター、編集者、コンテンツ戦略家、そしてモデレーターです。
デジタルメディア、紙媒体、ライブイベントなど多岐にわたる分野でキャリアを築き、コンテンツ戦略の質を高め、意義ある対話を促進することで高い評価を得てきました。
これまでに、医療、地理空間インテリジェンス、不動産などの業界において、大手組織向けに編集チームのリード、コンテンツ戦略の立案、高品質な出版物の制作を手がけてきました。
ニュースルームの運営管理、ライブおよび録音ポッドキャストの制作、カンファレンスのモデレーターとしての登壇経験も有します。
ジャーナリズムの学位をロヨラ大学ニューオーリンズ校で取得し、現在はロサンゼルス在住です。